4
新しく年が明けてそろそろ一カ月が過ぎ、
この冬は意外と寒いよね、そうだね一番ごついコート久々に出したよなんて。
そんな会話を交わしている高校生らしい二人連れが、
試験中の早上がりか、バス停から乗り換えの駅舎へ向かいつつロータリー内の舗道を歩んでおいで。
大きめのストールを制服の襟元にぐるぐる巻きにし、
けれど足元は短めのスカートに生足ハイソと、イマドキの女子高生らしいお洒落な装い。
「あ、すみませぇん。」
肩から提げてたリュック、擦れ違いざまによその人に当ててしまったようで、
素早くゆすり上げて肩口深くへ戻しつつ謝って見せたが、
「大丈夫だよ。そちらこそ、どこか痛くしなかった?」
軽やかな口調は、肩同士が触れ合わぬ程度には距離があるはずなのに
まるで耳元での囁きのように甘く弾けて。
え?と視線を向け直した先、淡い紫と琥珀色が入り混じった不思議な双眸がこちらに向けられている。
髪色が白?淡いめの銀色というのがいかにも人工的だけど、
表情豊かな口許がにこぉッと笑み崩れて、小首をかしげるしぐさに髪の一条が頬へとこぼれて揺れる。
え? え?え?
何なに何ごと、これってどんな幻?と。
ふわり現れた不思議な少年の笑顔から視線が離れない。
大きめのダッフルコートは前合わせが途中までしか閉じられてなくて。
ストールをぐるぐる巻きにした襟元へ小さめの顎が埋まってる。
「あ…もしかして。」
この人知ってる…と夢心地から覚めかかったところへ、
「こらこら、女の子にぶつかっちゃたのかい?」
別の人の声が横手から割り込んできて、
左手は大丈夫?
吊るしてることを意識しないと。
そんなお声へ応じるように、そっちを向いちゃった男の子。
そうでしたごめんなさい。
ん〜ん、謝らないで。痛くないならオッケイだから。
車、回してくれてるよ。
いたわり合うよなやり取りしてから、
もう一度だけこっち向いた彼が、ちょっとだけ眉を下げて小さく笑った。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね。じゃあね。」
何だか微妙な言い回しをし、自分の口許へ人差し指を立てて見せ。
それを見た途端、何かのおまじないでも掛けられたみたいに、
女子高生の彼女も頷くと、同じように自分の口許へ人差し指を立ててしまう。
「……今のって、中島敦じゃなかった?」
「うん。…そうだった。」
そのまま…実は一緒に何人かいたらしいお仲間の方々と共に、
舗道へ横付けされた車へと乗り込んでしまわれて…幾刻か。
呆然ともいう夢見心地から我に返ったお嬢さん二人、
確認し合ってお顔を見合わせ、手と手を合わせ、声なき悲鳴をキャッキャとあげたが。
自分たちのコートのポッケに、
ラミネート加工されたQRコード付きのカードが忍ばせてあるのに気付くのは、もっと後のお話だった。
小指にひびがいってしまったからと、一週間ほど活劇はお休み。
本来だったら撮影の現場には行かないまま、
一人だけ別スタジオにて音声収録をし、
大人しく自宅へ帰るという一日だったはずが、
芥川さんに始まって色んなお人と会うことが出来たし、構ってももらえて。
“えっと???”
一番の当事者でありながら一番何が何やらと置いてけぼりだった敦少年だったが、
さあ飯でも食いに行くぞと空気を変えられたのへ笑顔見せ。
大好きなお兄ちゃんたちに連れられて、予約されてあった店へと向かう。
どこぞの王室の庭園に据えられた温室のような、
ガラス張りの広々とした店内に様々な植物が配されたガーデンビストロで。
ご自身もいろいろと手の込んだ料理を作るのが趣味でもある中也さんが
特にご贔屓にしているお店だそうで。
人の目を気にしないで良いよう、個室扱いの別館に通されて。
周囲に配された観葉のグリーンに紛れぬような、
こちらもしっかと瑞々しいサラダや前菜、
パストラミやローストビーフなどなどの肉料理といった逸品メニューの数々が用意され。
お腹いっぱい食べて早く治しなと色々なご馳走を勧めていただいて。
今日はどこまで撮影が進んだか、
どんな宣伝活動が準備されているのか
本編でお世話になったベテラン陣も続々と共演OKと連絡を寄越していることなどなどに話が沸いた。
そういえば、さっきの女の子たちに渡してたカードって何ですか?
ああ、あれね。スマホのアプリで読み取ると、敦くんのメッセージが聴けるカードだよ。
はい?
私たちのもあるんだ、映画の前売り券につける予定だから
え? そんなの勝手に渡してよかったんでしょか。
内容はPRメッセージだから構わないよ。特典用のは後日収録するし。
敦くんの事務所の方へは連絡して話を刷り合わせといたからと、
涼しげで理知的な目許、睫毛をけぶらせるよに細めて微笑った太宰さんだったので、
卒がないところも凄いなぁと、懐の深い大俳優さんはこうまで配慮なさるのかぁなんて、
大きに感心、感動してしまったのでありました。
◇◇
本人にはまるで自覚がないらしいのだが、
もう18にもなろうというのになんというのか天然が過ぎる少年で。
こういう言い方をすると、ただの世間知らずさんかよって話に聞こえるかもしれないが。
生の敦くんはいけません。
あの愛くるしい見栄えなのがいけない、
息するように無垢な魅惑をばらまく存在なのもいけない。
テレビや動画などなど、メディア経由でワンクッション置いて観る分には問題ないのだが、
本人を目の前にすると、どういう効果か蠱惑が直接伝わってえらいことになる。
この件をどれほど説明しようと、何を馬鹿なと、勝手に夢中になってるだけな困った人間の話扱い
そんなバカなことがあろうはずがないと、誰も信じてはくれないだろうこと。
いつから発露したそれなのか、
これまでは大人数が詰め込まれている学校で、画一的であれという扱いを受けて来たから無事だった。
いやさ、よくも無事だったと言えるのかも。
スーツアクター志望なんて言っているから、
パルクール活動も動画で公開止まりだったから、これまで問題も起きずに済んでいたのだ。
直接接する格好の、例えばホストなんて始めたらほんの数カ月で伝説になろうし、
大衆演劇で舞台に立てばあっという間にひと財産稼げてしまおう。
その手前、そこいらのスーパーでバイトでもしようものなら
始まりはただの人気店員だったものが、彼を巡って女性客やバイト同士で争いが起きかねない。
あれは万人を虜にする代わり、
制御を覚えないと真っ当な生き方はしにくいかもしれない。
24時間常時発動しているというわけではない。
眠いのをこらえている時とか、上機嫌でずんと浮ついている時とか。
今のところはそういった折に視線が合ったりすると、
よく判らない熱い眼差しに搦めとられての、引き返せない状態に陥ってしまう。
制御できないのも善し悪しというわけで、
問題なのは何へ惹かれるかが定まっていないこと
瞬きする間合いとか、ふっと微笑むときの間の取りよう、
相手を真っ直ぐに見ていた視線を和らげる瞬間の、得も言われぬはかなさ。
生きている存在ならではの、息遣いとか一連の所作の流れの小気味よさとか、
よそ見していたそれが戻って来た視線の動き。
どれもこれも、何てことはないものなはずが、
一旦意識したが最後、射すくめられる、虜になってしまう代物で。
『舞台に立ったとしても評価は分かれるでしょうね。』
じかに観た人からは熱狂をもって絶賛されるでしょうけれど、
映像で冷静に見てもらった方が伸びしろとか把握してもらえそうというややこしい素材。
テレビや映画で世に出て正解と、芥川が真顔で言うほどで、
あとの二人もさもありなんと頷くばかり。
本人が自覚し制御できるようになるまでは、まだまだ尚早。
直接接したからこそそれを知り、どれほど危険かをしみじみ知ってる顔ぶれにしてみれば、
体を張ってでも守らにゃならぬと。
それもまたしっかりと魂を掴まれていればこその働きを執行中の皆様だったりするのである。
「芥川くんもご苦労さん。」
「いえ。」
「功労者だよ、ホントに。」
未成年だし、怪我人だしということで、
夕刻になる前に自宅まで送ってもらったのを恐縮していた少年へ、
『明日も録音スタジオにお邪魔するから。』
芥川がそうと予告してやれば、わあとそれは嬉しそうに笑顔を見せた敦であり。
そんな彼の様子には、三人の兄貴分が皆して心から微笑んで返して見せた。
無事に返してやれてよかった、と。
芥川の遠縁にあたる大御所、加茂張里さんがいかにも奇遇を装って居合わせたのも、
実は太宰の根回しによるもの。
微妙に寄ってこようとしている存在があると気がついて、
選りにも選って自分たちから離れての行動になる子、そんな隙をつかれても剣呑だからと、
縁者である芥川に“君自身はこういうの気が進まないだろうけど”と話を通してもらって、
収録スタジオ前までご足労頂いたのであり。
当日の藻部田の動向も、局内の知己にさりげなく話しかけ、情報を得、
行動を観察した上で接触した顔ぶれへ、
どこに敦がいるものか、何をしているものかなど、
欲しがっている情報を掴ませながら…それと同時に実際はその行動をああと運んだ巧みさが物凄い。
そうやってどんぴしゃりであの場へと誘い出し、
これ以上はない守り神をちらつかせたまでのこと。
事故が起きたスタジオ、不具合を起こした製作所の素性などなどを調べていて、
ちょいときな臭い人物に引っ掛かったものだからと、先手を打ったまでだったが、
「美味しく立ち回りたいんなら思慮が足りなさすぎる雑魚だったけどね。」
なのでこれでもあしらった程度。
この世界における人脈だ何だを判っているようなので、
我が身が可愛いならこれ以上の接近はしてくるまい。
「だが、そういうやつほど馬鹿げた図々しさで掛かって来かねんしな。」
うん、一応の観察と警戒はしておくけどねと、
中也の言いようへうんうんと頷いて、ジンライムをそそいだグラスを傾ける太宰である。
ここは中也が幾つか持つ別邸のウチの一つで、
先日敦も招いたところとは別口のそれ。
彼自身にはどんな些細なことさえ伝えるわけにはいかないからと、
口裏合わせや作戦会議を持つ場所には絶対に踏み込ませないことを原則としている。
今回の作戦もあっさりと収拾を見せようとしている気配。
ここまで判りやすい撃退をかまされても懲りない大馬鹿なら、
逆に言ってどこかで自滅するに違いなく。
「関わり合いになって火の粉をかぶるのは迷惑だと、賢いものほど距離を置くだろうし。」
「沈みゆく船みたいですね。」
上手いことを言う芥川なのへ、
旨い思いが出来るからっていう“旨味”がなくなっちゃあね、
所詮はそれだけの縁なんてあっさり切れようさと
二人の先輩が苦笑する。
どこの世界にもよくある話だろうけれど、
ウチの業界は特に顕著だからねぇと、
カットグラスに盛られたオリーブをつまんでカリリと噛みしめ、
表情豊かな目許をしかめる太宰だったりする。
“ガーディアンなんて柄じゃあないのだけれど。”
駆け引きが当たり前にはびこり、
上に行くには誰ぞを引きずりおろすのも辞さないなんて考え方が横行している世界でもあるがため、
邪気のない坊やの柔らかいところが愛しくてたまらぬ、傷つくところは観たくはないと、
過保護にもほどがあるお兄さんたちは、いつの間にやらタッグを組んでおいでで。
これまでにも…レセプションにてコンパニオンだか女優なんだか判らないよなしなだれかかりで、
ハニートラップ仕掛けまくってはスクープ狙っていた女性を前もっての細工で締め出したり。
新人たちへいいお顔をし、食事に誘っておいてソフトドリンクと偽って酒を飲ませることで
作為的に弱みを握ってたりするよな趣味の悪い業界人を
逆に証拠を束にして突き付けてそのポジションから追い落としたりと。
表沙汰にはしないでこっそりと、害虫駆逐大作戦もあれこれ繰り広げておいでの方々だったりするらしく。
別に正義の味方じゃねぇしな。
そうそう。好き勝手やってるだけで、もしかせんでも悪辣さは大差ないかもな。
要らないお勉強をたんとさせていただきました。
お、言うねぇ。
やっていることは、ちょうど今の今演じている怪奇や妖魔への調伏のようで。
それは無邪気で素直な坊や。
人を疑うことも少なく、奇跡のように純なままな彼をそのまま伸ばしてやりたくて。
先達で大人の義務みたいなものさ。
前ん時に散々困らせたしな。
それへは気づかせちゃいけませんよ?
〜 Fine 〜 26.02.14.
BACK →
*St.バレンタインデーに何つーお話をUPしているのやら。
一応辻褄を合わせといたほうがいいかなと思いまして。(なんの?)
ただ芸能人だからというだけじゃあなく、
はっきり言っていつも書いてるシリーズとは関係性がちょっと変かもな世界でしたね。笑
あの芥川さんでさえ、日頃から結構甘やかしている兄様ではあるんですが、
もっともっと判りやすく猫っ可愛がりしたらどうなるのかなぁと思ったわけです。
ウチの末っ子ったらなんて可愛いんだ、誰も勝てん、以上っ!という按配で。大笑
もうヤダ、敦くんたら魔性の子vv (おいおい)

|